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岐阜家庭裁判所高山支部 昭和56年(家)129号 審判

申立人 山川明夫

主文

本件申立はこれを却下する。

理由

本件申立の趣旨は、「申立人の名明夫(アキオ)を耀男(アキオ)と変更することの許可を求める」というのであり、申立の実情は「第二次大戦直後申立人は体が弱い事もあり、又混乱期の世の中を乗り切り耀(かがや)く様な将来にする為、人の勧めもあつて耀男と名を変え、昭和二〇年一〇月以来四〇数年通称名として耀男を使用している。申立人は現在二〇〇人を超す従業員を抱える会社を経営しており、又他にも役職を兼ねているので実名と名刺、案内状等に使用している名とが異る為、バイヤー、金融機関等に別人の印象を与え、その都度説明をなす等非常にマイナスになつている。又近年郵便物等は実名ではかえつて届かなくなる実情である」というのである。

一件記録を検討するに、申立人は太平洋戦争終戦直後の昭和二〇年ごろより「耀男」(アキオ)なる通称名の使用をはじめ、引き続き現在に至るまで印鑑登録やその経営する○○株式会社役員の登記に本名である「明夫」(アキオ)を使用する他は、町内会役員、銀行預金預入や、その他一般生活上「耀男」なる通称名を使用していたこと、しかし上記○○株式会社での取引は「明夫」なる本名と「耀男」なる通称名を併用することはあるが、取引銀行宛には殊更に通名届を出して「耀男」名で取引をする他、特に重要な外国向取引には「明夫」なる本名を使用していたことが認められるところから、申立人は殊に公の証明を使用する必要のある場合の他は、社会生活上はほぼ「耀男」なる通称名を三〇年来使用していたことが理解されるのである。

ところで、戸籍法第五〇条は名には常用平易な文字を用いなければならないと規定し、常用平易な文字の範囲は戸籍法施行規則第六〇条により当用漢字表(昭和二一年一一月一六日内閣告示第三二号)及び人名漢字別表(昭和二六年五月二五日内閣告示第一号)によることに定められているが、これら法条及び告示の趣旨は人の名は家族、社会、国家等の公私の団体生活における個人を特定し区別するために用いられるものであるから、これを表示する漢字も平易であり理解しやすいことを目安とすべく、珍奇な又は難解な文字或いは発音を避けることを目的としたものと解せられる。ただし、そのような目安となる漢字を前記二つの告示の範囲のみに限りこの範囲外には常用平易な文字なしと解し、絶対にその範囲外の文字の使用は許さないと解するのが前記法条の精神であるとまではいいえない。

確かに、申立人が使用して来た「耀男」の耀は上記告示の何れにも載つていない文字ではあるが、申立人は永年通称名の一部分として使用して来たものである。然し、これにも限度がある。申立人の使用する「耀」字の音はヨウ(エウ)であつて、その意味は「かがやく」、「かがやき」、「かがやかす」(大修館書店「大漢和辞典」。講談社「大字典」。富山房「新訂詳解漢和大字典」。等)であり、字劃から云つても必らずしも複雑ではないが、古来その一字を以て「アキラ」と名乗つた例はあつても「アキ」という訓み方はなく、従つて「耀男」の二字を以て「アキオ」と訓ませるには困難でいささかあて字の感がなくはなく、これまで申立人と交流のあつた人々との間ではその都度申立人の説明等により、慣れ親しんで来たには違いはないが、現在以後申立人と新規に交流を結ぶ人々に対してはその訓み方に苦労をし難解であることが予想されるのである(因みに、三省堂「新国語中辞典」には耀なる漢字はなく、その訓み方もない)。申立人の主張する通称名使用の動機は必らずしも不当といえないものであるが、前記法条の常用平易な文字を使用するという趣旨は今尚これを尊重すべく、常用平易な文字である本名の「明夫」を通称名の「耀男」に変更するには上記の諸理由から未だ正当なものというに足りないのである。

よつて、本件申立は却下することとし、主文のとおり決定する。

(家事審判官 宗哲朗)

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